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坂本龍馬暗殺の黒幕はだれ?実行犯も合わせてご紹介します

最終更新日:2018-11-02
坂本龍馬・中岡慎太郎像

はじめに

この記事では、坂本龍馬暗殺の黒幕と実行犯についてのいくつかの説をご紹介していきます。

坂本龍馬が暗殺をされたのは慶応3年11月15日。翌慶応4年1月3日には鳥羽・伏見の戦いが起こっているので、坂本龍馬はまさに明治維新の直前にその生涯を終えています。

坂本龍馬が暗殺をされたのは京都河原町の近江屋。坂本龍馬と中岡慎太郎が会談をしているところに訪れたのが十津川郷士。この十津川郷士を名乗る人物が坂本龍馬と中岡慎太郎を襲ったのが近江屋事件です。近江屋事件で、坂本龍馬は即死、中岡慎太郎も2日後に亡くなります。

ところで、近江屋事件では実行犯として2つの説があります。さらに、その実行犯には黒幕がいたとも考えられていて、この黒幕についてもいくつかの説があります。

そこで、まずは実行犯についての説をご案内し、その後に黒幕についてのいくつかの説をご紹介をしていきます。

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坂本龍馬暗殺の実行犯とは

坂本龍馬像
坂本龍馬が暗殺されたとき、最初に実行犯として疑われたのが新選組です。

近江屋事件の後、現場に刀の鞘が残されていました。その鞘の所有者が新選組の原田左之助のものと考えられたことから、当初、坂本龍馬暗殺の実行犯は新選組と目されていました。

その後、明治になり元京都見廻組の今井信郎(いまいのぶお)が新政府に捕縛され坂本龍馬暗殺を自供したことから、坂本龍馬暗殺の実行犯は京都見廻組でないかといわれるようになっています。

京都見廻組は幕府の旗本で構成され京都の治安を守る仕事を担っていました。そして、坂本龍馬は慶応2年の寺田屋事件で捕吏をピストルで殺していたことから、京都見廻組はお尋ね者である坂本龍馬の行方を懸命に探していました。

実際に坂本龍馬の暗殺に加わったのは京都見廻組の佐々木唯三郎、今井信郎、渡辺吉太郎、高橋安次郎、桂隼之助、土肥仲蔵、桜井大三郎の7人といわれています。

坂本龍馬暗殺の実行犯としては、当初は新選組、明治になってからは京都見廻組があげられています。現在では、京都見廻組が坂本龍馬暗殺の実行犯として最も有力とされていますが、一説には今井信郎の売名行為ということでこの説を否定する意見もあるようです。

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坂本龍馬暗殺の黒幕とは

それでは、坂本龍馬暗殺の黒幕のうわさのいくつかをご紹介していきます。

坂本龍馬暗殺の黒幕1 京都見廻組

この説では、実行犯=黒幕になります。京都見廻組にとって坂本龍馬は犯罪人でした。京都見廻組がその職権をもって坂本龍馬を暗殺したというのはわかりやすいストーリーです。

また、京都守護職である松平容保が京都の治安維持のため、京都見廻組に坂本龍馬の暗殺を命じたという説もあります。この場合は、京都守護職が坂本龍馬暗殺の黒幕ということになりますが、京都見廻組も京都守護職も幕府の側に立つ人物。

幕府に敵対する坂本龍馬の暗殺を画策するのは当然のことといえるのかもしれません。

坂本龍馬暗殺の黒幕2 紀州藩

慶応3年3月に坂本龍馬率いる海援隊所有の船と紀州藩所有の船が衝突します。その後の係争に勝った坂本龍馬に紀州藩が多額の賠償金を払うことになりました。

その係争により遺恨が発生し、紀州藩が坂本龍馬暗殺の黒幕になったというものです。

もっとも、坂本龍馬の実行犯として最も有力とされる京都見廻組と紀州藩にどのような接点があったのかは分かっていません。

坂本龍馬暗殺の黒幕3 薩摩藩(西郷隆盛)

坂本龍馬の最大の功績として挙げられるのが薩長同盟の仲立ちをしたことです。犬猿の仲といわれた薩摩藩と長州藩が軍事同盟を締結することで、機運は一気に討幕に傾いていきます。

薩摩藩の西郷隆盛も、坂本龍馬も討幕という点で意見は一致していました。しかし、西郷隆盛は武力による徹底的な討幕を志向していたのに対して、坂本龍馬はむしろ血をできるだけ流さない穏健的な討幕を考えていました。

討幕が目前に迫ることで、2人の考え方の違いは決定的な対立を生み、結果的に薩摩藩が京都見廻組を使って坂本龍馬の暗殺に及んだというものです。

この説には2つの傍証があります。

一つは、京都見廻組の佐々木唯三郎は以前より薩摩藩と懇意にしており、西郷隆盛とも面識があったこと。

もう一つは、坂本龍馬暗殺犯として明治になりその行為を自供した今井信郎が、殺人犯であるにも関わらず禁固の刑で収まり、さらにわずか3年後には特赦で釈放をされている事実です。

これは噂の域を出ませんが、今井信郎を軽い罪に収めて、さらに早期の釈放となったのは、新政府の重鎮であった西郷隆盛が裏で糸を引いていたからともいわれています。

さいごに

坂本龍馬像
この記事では、坂本龍馬暗殺の黒幕と実行犯についてのいくつかの説をご紹介してきました。

坂本龍馬暗殺の実行犯は、京都見廻組が有力。坂本龍馬暗殺の黒幕は、薩摩藩、とりわけ西郷隆盛が有力なようです。

西郷隆盛は明治になり、これまでに人には言えない数々のことをしてきたと語っているようですが、坂本龍馬暗殺もその一つなのでしょうか。

坂本龍馬暗殺は、永久に分からない歴史の謎の一つなのかもしれないですね。

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こんにちは!風来爺です。年金を受け取る年齢ではないものの最近は体力の衰えを感じる自由人です。大学時代はアルバイトばかりしていましたが一応は日本史専攻、そして今は田舎に住んでいて季節の移り変わりを楽しんでいます。そんなことから、このサイトでは季節や歴史の話題を中心に思いつくままいろいろなことを書いています。

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