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織田信長の正室濃姫はいつ亡くなったの?

濃姫とは

歴史上、もっとも有名な人物の一人として挙げられる織田信長。

これだけ有名な人物にも関わらず織田信長については分からないことがたくさんあります。その一つが妻の存在。

織田信長の正室は濃姫と伝えられていますが、濃姫についてわかっていることはほんの一握り。謎に包まれた女性としてむしろ有名なのが濃姫の存在です。

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濃姫について分かっていること

濃姫についてはその出自がはっきりとしているため前半生についてはある程度のことがわかっています。

具体的には

○ 濃姫は戦国武将斉藤道三の子であること。

○ 濃姫が生まれたのは1535年であること。

○ 織田信長の正室となったのは1549年であること。

また、推測の域を出ませんが

○ 織田信長と濃姫の間に子は生まれなかったこと。

このあたりまでは分かっています。

ただ、濃姫に子ができなかったことが影響しているのでしょうか。濃姫が織田信長の正室となった後の記録についてはほとんど残されていません。

また、実家の斉藤家もその後滅亡したため、こちらの記録もありません。

さらに濃姫について記載されている文書はいくつかあるようですが、この中に第1級の史料はないとも言われています。

そうしたいくつかの要因が重なって織田信長の正室でありながら、濃姫の生涯、特にいつ亡くなったのかについては謎に包まれています。

濃姫はいつ亡くなったの?

織田信長と濃姫の像

織田信長と濃姫の像



 

 

 

 

 

 

 

 

濃姫がいつ亡くなったのかはわかっていません。そのためいろいろな説が飛び交っています。

現在、濃姫がいつ亡くなったのかについては主に3つの説があるようです。

 

① 本能寺の変の前に亡くなった

② 本能寺の変の時に亡くなった

③ 江戸時代に入り亡くなった

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濃姫は本能寺の変の前に亡くなった?

濃姫が織田信長の正室になった後の記録がほとんどありません。言い換えると、濃姫は織田信長の正室となったものの、それほど時間を経ずに正室ではなくなった。

そう考えると、濃姫の記録がない原因もすっきりとします。

ではいつ正室でなくなったのか。また、いつ亡くなったのか。これについては、織田信長と斎藤家との関係がポイントになりそうです。

斉藤道三と織田信長は政略結婚により義理の親子という関係で結ばれていました。しかし、斉藤道三は子の斉藤義龍により殺害され、さらに斉藤義龍死亡後は龍興の代となりました。

つまり斎藤家と織田家はこの段階で断絶状態となり、政略結婚もその意味合いが薄れてしまいました。

濃姫は本能寺の変の前に亡くなった説としては、織田信長と結婚したがほどなく病死した。斎藤家との間が不和になったことで濃姫は織田家により殺された。そうした説もあります。

また、濃姫は織田信長と離縁した後、母方の実家に戻ったがそこで病死した。あるいは、斉藤義龍に攻められ亡くなった。そんな説もあるようです。

この場合、亡くなったのは1556年、濃姫22歳の頃と伝えられています。

濃姫は本能寺の変の時に亡くなった?

濃姫が本能寺の変で亡くなった説は、おそらくですが司馬遼太郎氏の「国盗り物語」により一躍有名になったものと考えられます。

確かに古文書の中にはそうしたことをうかがわせる記述もあるようです。しかし、本能寺の変で亡くなったのは濃姫ではなく濃姫に似た名前の侍女だったという説もあります。

真実がわからないので何とも言えませんが、濃姫は本能寺の変の時に亡くなったという説は少しばかり弱いようです。

濃姫は江戸時代に入り亡くなった?

濃姫は江戸時代に入るまで生存をしていた。昨今はこの説が最も有力なようにも思われます。

本能寺の変のとき濃姫は安土城にいて、本能寺の変直後に蒲生氏郷の領地に避難をした。さらにその後は織田信長の嫡孫の居城である岐阜に住んだのではと伝えられています。

ただ、嫡孫の織田秀信は関ヶ原の戦いで西軍につき、戦後改易されているので、その後の居所はよくわかっていません。一説には、織田信長の次男である織田信雄の元に身を寄せていたとも言われています。

織田家の過去帳に信長公御台が1612年に亡くなったとあります。この信長公御台が濃姫をさすのかどうかについてもはっきりとしていません。

仮にこの人物が濃姫だとしたら濃姫は江戸時代に入り78歳頃に亡くなったことになります。

まとめ

濃姫の像

濃姫の像



 

 

 

 

 

 

 

 

織田信長の正室である濃姫がいつ亡くなったのか諸説をざっくりとみてきました。もちろん、どれが正解かはわかりません。

また、濃姫は美濃からきた姫という意味で正式な名前でもないようです。織田信長の正室でありながら、いつ亡くなったのかわからない、本当の名前もわからない。

だからこそ歴史が楽しいのかもしれないですね。


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